営農・栽培技術
湛水直播栽培のポイント
一見、移植栽培と似ている湛水直播栽培ですが、栽培上の異なるポイントや特徴的な作業がいくつかあります。それらを栽培の順を追って説明していきます。
point1. コーティング
湛水直播栽培では、苗立ちの安定化や鳥害対策のためにコーティングした種子を播種します。代表的なコーティング資材は [カルパー] [鉄] [べんがらモリブデン] の3種類があります。
種子コーティング資材別に、それぞれの特徴を比較してみましょう。
カルパーコーティング | 鉄コーティング | べんがらモリブデン コーティング | |
---|---|---|---|
コーティング 資材 | カルパー粉粒剤 | 微細還元鉄粉+焼石膏+(シリカゲル) | べんモリ資材 (0.1倍重用もしくは0.3倍重用) |
種子コーティング資材コスト(10aあたり目安) ※市況により変動します | ・1.0倍重 2,000円程度 ・2.0倍重 4,000円程度 (播種量3kg/10a想定) | 0.5倍重 カルパー2.0倍重の4割程度 (播種量4kg/10a想定) | ・0.1倍重 カルパー1.0倍重の2割程度 ・0.3倍重 カルパー2.0倍重の3割程度 (播種量4kg/10a想定) |
種子の保存 | 種子用保冷庫で7日程度 | 冷暗所で1年以上 | ①冷暗所で1ヵ月以上※1 ②種子用保冷庫で14日程度※2 |
播種方法 | 湛水土中播種 (土中10mm程度) | 湛水土壌表面に播種 | 湛水土中播種 (土中5~10mm程度) |
メリット | ・土中播種ができる ・土中播種のため鉄コーティングより倒伏しにくい ・発芽苗立ちが最も安定しており早い ・栽培技術が確立している | ・表面播種が前提の技術のため、様々な機械で播種できる ・スズメによる鳥害を回避できる ・種子の保存性が高い | ・土中播種ができる ・土中播種のため鉄コーティングより倒伏しにくい ・種子コーティング資材費が安い※3 ・種子コーティング作業が簡単※3 |
課題 | ・播種時に確実に覆土しないと鳥害が発生する ・コーティング種子の保存性が低い※4 ・コーティング資材の価格が高い※4 | ・種子製造工程で鉄粉の酸化熱による種子死滅リスクがある ・播種時に代が柔らかすぎると種子が埋没し発芽不良になる ・表面播種技術のため、根が浅くなりやすく倒伏しやすい | ・播種時に確実に覆土しないと鳥害が発生する ・種子コーティングに鉄コーティングのような鳥害回避効果はない ・農家レベルの栽培実績が少ない |
※2:はと胸種子(水温15~20℃で積算90℃浸種し、胚芽が膨らんだ種子)にコーティングし、表面のみを乾燥させた種子の場合
※3:カルパーコーティング種子、鉄コーティング種子との井関農機独自比較
※4:べんがらモリブデンコーティング種子、鉄コーティング種子との井関農機独自比較
コーティング前の種子準備(浸種・催芽)
コーティング前には、発芽を揃えるために種子の浸種・催芽を行います。コーティングの種類によって浸種温度や日数が異なります。
浸種・催芽の目安
カルパー | 鉄 | べんがらモリブデン | |
---|---|---|---|
浸種温度 | 15〜20℃ | 15〜20℃ | 15~20℃ |
浸種期間 | 5~6日 積算90℃ | 3〜4日 積算60℃(発芽なし) | ①3〜4日 積算60℃(発芽なし)※1 ②5~6日 積算90℃※2 |
催芽※3 | 26〜32℃ はと胸状態まで | なし | ①なし※1 ②26〜32℃ はと胸状態まで ※2 |
※2 はと胸種子を使用する場合(※1と※2で種子の保存期間が異なります)
※3 はと胸状態にならなかった場合のみ実施
発芽しやすい品種と発芽しにくい品種があり、それぞれに適した浸種温度・日数の調整が必要です。浸種温度が高かったり浸種日数が長かったりして種子の芽や根が伸びきってしまうと、コーティングや播種の精度が悪くなるので、浸種中の種子の状態を注意深く観察しましょう。
コーティング作業
コーティングマシンを使うことで大量の種子を一気に処理できます。コーティングに必要な資材量は下表の通りです。
カルパーコーティング比と分量(kg) 種子5kg(播種面積10a)の例
カルパーコーティング比 | 1 | 2 | 備考 |
---|---|---|---|
カルパー粉粒剤 | 5 | 10 |
鉄コーティング比と分量(kg) 種子5kg(播種面積10a)の例
鉄コーティング比 | 0.05 | 0.1 | 0.2 | 0.5 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
鉄粉 混合 焼石膏 | 0.25 0.025 | 0.5 0.05 | 1.0 0.1 | 2.5 0.25 | 鉄粉の10% |
仕上げ焼石膏または シリカゲル | 0.0125 | 0.025 | 0.05 | 0.125 | 鉄粉の5% |
べんがらモリブデンコーティング比と分量(kg) 種子5kg(播種面積10a)の例
コーティング比 | 0.1 | 0.3 | 備考 |
---|---|---|---|
専用べんモリ資材 使用量 | 0.5 | 1.5 | ※0.1倍重用と0.3倍重用資材があります |
◎慣れるまでは、資材の投入と加水を少量ずつ繰り返しましょう。
コーティング同時防除について
中山間地等で害虫発生が多い場合、あるいは高冷地、天候不順など気象条件により生育初期にいもち病発生が予想される場合は種子コーティング時に処理するタイプの薬剤で予防防除を行います。
【例】 殺虫剤:ヨーバルシードFS
殺菌剤:ルーチンシードFS、エバーゴルシードFS
使用方法を誤ると薬害や効果の低下が発生しますので、普及指導機関の指導に従いましょう。
乾燥作業について
種子の乾燥は直射日光の当たらない場所で行います。コーティング方法により乾燥期間が異なります。
カルパー | 鉄 | べんがらモリブデン | |
---|---|---|---|
乾燥 | ござに広げて30分程度“陰干し”します | 一週間程度、苗箱などの風通しの良い容器に薄く広げ、熱がこもりにくい状態にして乾燥します | 活性化種子※1:一週間程度ござに広げて乾籾状態にします(水分15%程度) はと胸種子※2:ござに広げて半日程度“陰干し”します |
注意点 | 乾燥時間が長すぎるとコーティングの剥離を起こします | 乾燥する際、酸化熱が発生するので種子の温度が40℃以上にならないようにします | 活性化種子:乾燥が不十分だと長期保存中にカビが発生する危険があるので内部までしっかり乾かします はと胸種子:乾燥させ過ぎると苗立ち不良になります |
※2:水温15~20℃で積算90℃浸種し、胚芽が膨らんだ種子
とくに鉄コーティングは種子が積み重なっていると酸化熱により高温になって死滅してしまうことがあるので薄く広げましょう。
コーティング後の保存
コーティング方法により保管方法や期間が異なります。
カルパー | 鉄 | べんがらモリブデン | |
---|---|---|---|
保管 | ・冷暗所で4日 ・保冷庫で7日程度 | 冷暗所で一年以上 | 活性化種子:冷暗所で1ヵ月以上 はと胸種子:保冷庫で14日程度 |
注意点 | 保管中に乾燥しすぎないよう気を付けます | なし(通常の種籾と同等) | 活性化種子:数か月に及ぶ長期保存をすると発芽率が低下します はと胸種子:カビが発生しやすいので早めに使い切ります |
point2. 播種時のほ場状態
湛水直播栽培では、ほ場を播種に最適な状態にすることが苗立ちに関わるとても重要なポイントです。
ほ場の均平化
均平にする理由
- 播種深度を一定に保つことができるので、苗立ちが安定します。
- 除草剤の処理層を形成することができ、除草剤の効果を高めることができます。
鉄コーティング種子はスズメの忌避効果があるので鳥害を軽減できますが、コーティング資材から酸素が発生しないので完全に水没してしまうと発芽できなくなります。なので、ほ場に凹凸があると種子が水溜まりに沈んでしまい発芽不良になります。
カルパーコーティング種子はコーティング資材から酸素が発生するので湛水土壌中に播種しても発芽します。その代わり、鳥の忌避効果はないので凹凸のために播種深度が安定せず、しっかり土中に埋まっていないと鳥害が発生します。
- 均平なほ場
- 凸凹(デコボコ)なほ場
最適なほ場水分
湛水直播栽培では代かき後1~2日間、泥を落ち着かせ、ヒタヒタ水もしくは落水状態で播種します。望ましいほ場状態に仕上げることで、適切な播種深度で播種することができ、苗立ちが安定します。
◎コーティング資材ごとに最適なほ場の状態が異なります。田んぼに足を踏み入れて確認してみましょう。
カルパー
足跡がつぶれるヒタヒタ水の状態
鉄
足跡がしっかり残る状態
べんがらモリブデン
足跡が若干つぶれる状態
point3. 播種後の水管理
播種後の水管理はコーティングの種類によって異なります。
苗立ちまでの水管理(カルパー)
苗立ちまでの間に乾燥するようなら、走水をして水分維持に努めます。
苗立ちまでの水管理(鉄コート)
落水期間中に乾燥するようなら、走水をして水分維持に努めます。
苗立ちまでの水管理(べんがらモリブデン)
べんがらモリブデンコーティングは使用する種子の状態により水管理が異なります。
また、種子の状態によらず出芽から苗立ちまでの間は湛水状態になると薬害が出るので、落水期間中はほ場をしっかり乾かします。出芽後はほ場に大きなひび割れができるほど乾燥しますが、ひび割れ内部まで白く乾燥しない限り苗立ちまで入水はしません。
活性化種子の場合(水温15~20℃で積算60℃浸種した種子)
はと胸種子の場合(水温15~20℃で積算90℃浸種し、胚芽が膨らんだ種子)
いずれの場合も種子が発芽するタイミングで酸素を送る(落水する)ことが重要です。入排水に時間がかかるほ場では、額縁に溝を切ることで水管理を速やかに行うことができます。
point4. 除草剤の散布
直播栽培では、落水して稲が出芽するタイミングで雑草の種子も出芽し始めます。播種後に湛水管理を行う場合は、サンバード粒剤などの初期除草剤を施用することで雑草の発生を遅らせることができます。1.0~1.5葉期になったら速やかに入水しイノーバDXアップ粒剤などの初中期除草剤を散布しましょう。
雑草の葉齢が進むと除草剤の効果が薄れてしまうので、ほ場観察を行い葉齢の把握を心がけましょう。気象条件などで除草剤散布が遅れてしまい、雑草が繁茂した場合にはクリンチャーバスなどの中期除草剤を施用しましょう。
※除草剤の施用に際しては、ラベルに書いてある使用条件(湛水・落水期間や降雨の有無など)をよく確認してください。
point5. 茎数管理
湛水直播栽培では播種深度が0~1㎝と浅く、移植のような植え痛みもないため、分げつが旺盛になります。茎数過剰になると倒伏しやすくなり、整粒歩合や千粒重が低下します。とくに苗立ち本数が多い場合は過剰分げつになりやすいので、生育観察をしながら目標茎数の9割程度を確保したところで中干しを行いましょう。中干しを行うことで無効分げつの発生を防ぐことができます。
point6. 収穫
直播の稲は移植と比べて登熟するまでに時間がかかります。収量・品質確保のためには刈取適期をしっかり見極めましょう(早刈りは禁物)。穂の8割が熟れ色になっていれば刈取適期です。